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バレンタイン・チョコの由来


プロローグ

バレンタイン・デー、2月14日は聖バレンタイン Saint Valentine の命日である。 時は西暦3世紀のローマ。 皇帝クラウディウス二世は若者たちを戦争に駆り立てるために、 その障害となる結婚を禁止した。 聖バレンタインはそれに反し、愛する者たちを結婚させていたが、捕えられ、処刑されたと言われる。 その殉教の日を記念して、愛する人に贈り物をする習慣は 欧米(英国がその発祥とも)で生まれた。

欧米でのバレンタイン・デーは男女カップルの双方向であり、 そのプレゼントは花や図書など。 それにメッセージ・カードが添えられるのが普通。 この日に女性から男性チョコレートを贈る習慣は、 日本独自のものであることは、よく知られている。 それがどのように発生し定着したかを辿ってみた。

第1ステージ

戦前の1936年(昭和11年)、 神戸の モロゾフ が欧米のバレンタインのプレゼントの習慣に倣い、 「お世話になった方にチョコレートをプレゼントしましょう」 との広告を行った。 しかし時代には早過ぎたのか、不発に終わる。

第2ステージ

1958年(昭和33年)、 メリーチョコレートが、新宿の伊勢丹デパートでバレンタイン・チョコレートの販売を行った。 しかし、売れたのは板チョコ3枚、売り上げ150円という惨憺たる結果であった。

これにめげることなく、次の策を練った。 お菓子を貰って喜ぶのは女性であろう。 恋人同士がプレゼントするならば、それを購買するのは男性となる。 だが男性にはお菓子をプレゼントに選ぶセンスが無い。 そこで発想を逆転する。 お菓子の購入層である女性にターゲットを絞る。そこで翌年は、 「バレンタインには女性から男性へチョコレートを贈りましょう」というキャンペーンを行なう。

折しも1963年、米国の女性運動指導者ベティ・フリーダンが記す「新しい女性の創造」がベストセラーになり、 1960年代は米国を発祥とするウーマンリブ運動が拡がる。 つつましやかさが美徳とされた日本女性も、 バレンタイン・デーにはチョコレートに寄せて、 この日は女性から男性へのアプローチが許されるという申し合わせは 大いに歓迎されることになる。

第3ステージ

各製菓メーカーはバレンタイン・チョコレートを大きい商機とする。 次のステップは義理チョコの誕生であろう。 たぶん最初は本命のカムフラージュとして発生したであろう。 製菓メーカーはこれに目を付け「人情あげるぜ」と、 本命以外へもプレゼントしようとのキャンペーンに力を入れる。 義理チョコの誕生により、バレンタイン・デーの女性の出費はいや増すこととなる。 欧米には「義理」チョコあるいは、 カップルでもない相手にバレンタイン・デーにプレゼントを贈る習慣は無い。

第4ステージ

義理チョコまで拡がったとしても、女性から男性への一方向であれば、 商機の半分を失っている。 そこで男性から女性へ返礼する日としてのホワイト・デー1977年 あるいは1980年ごろ始まった。 もちろん、3月14日のホワイト・デーは日本独自のものである。

次ステージ

「女性から男性へ」のバレンタイン・チョコは恋愛に対する女性の振舞いが制約されていた、 日本社会の特殊事情から発生し、「義理チョコ」や「ホワイト・デー」へと拡大した。 最近では、「友チョコ」、「マイ・チョコ」まで登場する。 「友チョコ」とは女性から女性へのプレゼントであり、 「マイ・チョコ」は自分へのプレゼント。

どうしてチョコレートなのか

以上、見てきたように、 欧米由来の「愛の日」バレンタイン・デーは日本に渡来し、独自に展開してきた。 しかし、なぜチョコレートだったのか。戦後のバレンタイン・チョコの火付け役である メリーチョコレートによれば、 米国におけるバレンタイン・デーで、花やチョコレートを贈り合う習慣を真似たという。

一説には、 1868年に英国のCadbury社が詰め合わせを作ったのが最初とするものがある。 しかし、それがバレンタイン用として販売されたとは認められないし、 その習慣が英国で定着していたかは疑わしい。

チョコレートを贈り合う習慣はオランダ(およびベルギーのフランドル地方)に由来すると思う。 もともと南米をルーツとする飲物であるチョコレート(ココア)は16世紀にはヨーロッパに持込まれているが、 1828年オランダ人 van Houten がココアの工業的製法を開発する。 これを契機に「食べる」チョコレートがヨーロッパで産まれたと思われる。

オランダの子供たちは、 オランダの守護聖人であり、サンタクロースの起源でもある聖ニコラウスの日に プレゼントを貰う。 子供たちだけでなく、大人たちもプレゼントを交換するところは、 日本のお歳暮の習慣に近い。聖ニコラウスの日は12月6日だが、 プレゼント交換は11月中旬あたりからが、そのシーズンとなる。 このときのプレゼントの定番はチョコレートである。

聖ニコラウスのプレゼント交換と、聖バレンタインのプレゼント交換は、時期も意味合いも異る。 しかし、米国あるいは日本でこれらがミックスし、 バレンタイン・チョコが生まれたのではないかというのが、私の仮説である。 「義理チョコ」や「友チョコ」は、欧米のバレンタイン・デーには無いが、 オランダの聖ニコラウスのプレゼント交換には、かなり近いものがある。

女性からの告白

「愛の日」バレンタイン・デーは日本では、「女性から愛の告白が許される日」となった。 これは恋愛における女性の振舞いが制約されていた日本の社会事情が産んだものと思われる。 これとセットのホワイト・デーだが、日本以外にもう一国、それが存在する国がある。 それは、お隣りの韓国であると聞くと、納得がいく(最近は台湾にもあるとか)。 バレンタイン・デーに相当するものは台湾や中国で情人節というものがあり、 本来7月7日、七夕の日だが、最近は2月14日をそれに当てる習慣もあるそうである。 これら東洋の女性は同じ様な社会規範に置かれているようである。

ところが、英国の方から、興味ある話を聞いた。 バレンタイン・デーにのみ、女性から愛を告白しても良いとされるのは 英国にもあるというのだ。 ただし、毎年ではなく、うるう年、つまり4年に1度のオリンピックの年に限って、 その年のバレンタイン・デーに、女性からの愛の告白が許されるという。 この話は裏が取れていない。他で同様の話を聞いたならば教えて欲しい。

参考リンク

  1. フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:バレンタインデー
  2. St.Valentine's Day - Wikipedia (in English)
  3. サンタクロースはどこから
19 Feb 2006 (初出:14 Feb 2006)

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