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サンタクロースはどこから

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プロローグ

先日旅行したイタリアにもクリスマスやサンタークロースもあるが、 イエスの聖誕祭(Natale)12月25日の他に新年1月6日Epifania (公現祭あるいは顕現祭)というものがある。 馬小屋で産まれたイエスを東方三博士が贈り物を持って訪れるのがこの日。 なのでイタリアの子供たちはこの日にプレゼントを貰う。 またプレゼントを持ってくるのは魔法使いのお婆さん。 新年1月6日に公現祭を祝い、子供たちにプレゼントをする習慣はフランス、スペインなどのカトリック系諸国も だいたい同様である。

なので12月24日にサンタクロースがプレゼントを持ってやってくるというのは どこから由来するものなのか、前から気になっていた。 サンタクロースのルーツには諸説あるが、次のものに私はいちばん納得する。

オランダのサンタ

聖ニコラウス(希)Saint Nicholas(英)、は4世紀ごろ Myra ミーラ(現在のトルコ内)で活躍したとされる司教。 聖ニコラウス信仰は主に東方正教会で人気があるが、カトリックでもイタリアから スペインを経由し(スペイン語ではSan Nicola サン・ニコラ。イタリアではサン・ニコラオとも)、 オランダへ伝播した。オランダでの呼び方が(ベルギーのフランドル地方でも同じ) 聖クラース「Sinterklaas シンタークラース」。 これが英語では Santa Claus となった。 日本語で「サンタクロース」の語源としては、これがほぼ確実だろう。

オランダ、ベルギーは大航海時代の商人たちが作った国だとすれば、 航海や商人の守護聖人であった聖ニコラウスがそれらの国の守護聖人となるのも当然である。 聖ニコラウスは同時に、子供たちの守護聖人でもある。彼についての説話に次のようなものがある。

ある男が金に困り、(3人の)娘たちを娼婦として売りに出さねばならなくなった (現在の日本でもありそうな話)。 それを耳にした聖ニコラウスは夜中に彼の家に黄金の入った袋を3つ投げ入れた。 そのおかげで娘は助けられた。 また、聖ニコラウスは煙突からコインを投げ入れ、たまたま暖炉で乾かしていた靴(下)に入ったとも。 (Saint Nicholas of MyraThe Legends of St. Nicholasなど)

子供たちが寝静まった夜中に、サンタクロースは煙突からやってきて、 靴下の中にプレゼントを入れてくれる 起源としてはぴったりの話である。 問題は、オランダの子供たちがプレゼントを貰うのは 聖ニコラウスの日の前夜、12月5日なので、これがなぜ12月24日に移動したかが問題として残る。 そして、それがどうやって世界に広まったのか?

舞台はニューヨークへ

17世紀、オランダ移民が米国にやってきて、すでにその地にあった習慣とミックスされて 12月24日にサンタクロースがプレゼントを持ってやってくる ということになったのだとか。 しかし、オランダ移民が故郷の習慣をそう簡単に変えて良いのだろうか?

オランダは1626年、インデアンから騙し取るようにして得たマンハッタン島(対価は60ギルダー、わずか5千円程度か)に、ニュー・アムステルダム Nieuw Amsterdamを建設する (The Dutch Settlements in North America)。 しかし、1670年前後には、マンハッタン島は英国の手に渡り New York となる。 18世紀も終わりごろ1783年、米国の独立戦争が勝利するが、New York の地名は残る。

時は19世紀、1804年にニューヨーク歴史協会 New York Historical Society が創設される。 このとき、マンハッタン島におけるヨーロッパ人にとっての歴史の緒端であるニュー・アムステルダムにちなみ、 アムステルダムの守護聖人である聖ニコラウスをニューヨーク歴史協会の守護聖人とした。 これは聖ニコラウスがオランダを経由してサンタクロースへの道を歩む、大きな一歩であった。

それでも、聖ニコラウスの日は依然12月6日であった。 聖ニコラウスがサンタクロースになるのと、それがイエスの聖誕祭12月25日と結び付くのは、 さまざまな民族、習慣が入り混じったニューヨークというるつぼが産んだものだろう。 オランダ移民が故郷の風習を、日にちだけ変更して再現したものとは思えない。 オランダの風習を真似てニューヨーカーがサンタクロースを産み、プレゼントの日を12月24日に移動させたのである。 1823年12月23日には Clement Clarke Moore による詩が 『それはクリスマスの前の晩のことだった』 のタイトルで、ニューヨークで出版される。

サンタクロース世界を駆ける

赤い服に白い髭を蓄えた、おなじみのサンタの姿は、1931年以来コカ・コーラ社が、 自社のCMキャラクタとして採用したものである。 コカコーラの世界制覇には第二次世界大戦当時のコカコーラ社の戦略の成功が大いに奇与している。 19世紀にニューヨークで産まれたサンタクロース(Santa Claus)は、20世紀後半、こうして世界を駆け巡ることとなった。 宗教行事や伝統的風習とは離れて(聖人 Saint(英) の意味を失い Santaとなったことに注意) 、商業主義が産み育てるという、 バレンタイン・チョコとの共通点が見えてくる。

おまけ:バレンタイン・チョコ

オランダやベルギーの子供たちは12月5日にはスペインからやって来る元祖聖ニコラウス(Sinterklaas)から、 12月24日にはニューヨークから里帰りしたサンタクロース(Kerstman)からと、 プレゼントを貰うチャンスが2度ある。 12月5日の元祖のほうのプレゼントの定番は生姜菓子か、チョコレートである。 これは子供たちに限らなくて、 11月中旬から聖ニコラウスの日である12月6日へかけて、 大人たちも、相手のイニシャルを形取ったチョコレートを贈り合う習慣がある。 これとバレンタインのプレゼント交換の習慣とが、日本で、あるいは米国経由でミックスされ、 バレンタイン・チョコになったのではないかと、私には思える。

また、子供たちへのプレゼントには金貨の形をしたチョコレートも使われるが、これも聖ニコラが投げ入れたコインに因むものであろう。

おまけ2:ガレット・デ・ロワ

聖ニコラウスはむしろギリシャ〜ロシアの東方正教会で人気がある。 ただし、ギリシャの子供たちが靴下をぶら下げてベッドに就くのは大晦日、12月31日である。 ギリシャの大晦日から元旦へかけての行事としてもうひとつ、 バシロピタと呼ばれる新年のケーキがある。 あらかじめケーキに隠されていたコインが入った一切れを得た人には、 その年の幸運が訪れるとのこと。 バシロピタの名前は、東方正教会での元旦が聖バシリスの日であるに因んだものだが、 ケーキの中のコインはさきの聖ニコラウスの説話や子供たちへのプレゼントと関係がありそうである。

ギリシャのバシロピタと同様の習慣はフランスにもあり、 「ガレット・デ・ロワ La Galette des Rois =王様のお菓子」と呼ばれ、コインの当たった人には王冠が被せられる。 ただしフランスのガレット・デ・ロワは1月6日の公現祭の行事となる。 そのため、イエスの生誕を祝う東方三博士の王冠が使われるのであり、 またコインの代わりに、幼子イエスなど生誕場面(クレーシュ)のミニチュア人形(サントン)が使われることもある。

英国では12月25日あるいは11月下旬にある Stir-up Sunday にクリスマス・プリン(Christmas pudding)を作る。 入れられるのは金貨でなく銀貨なのはなぜ? ユダがイエスを売って得た銀貨だとしたら縁起の良いものではないのだが。

ネット上の参考資料

  1. Santa Clausの謎
  2. American Christmas Origins(in English)
  3. Sinterklaas(in Dutch)
  4. サンタクロースの話(日本コカ・コーラ)
  5. コーラと第二次世界大戦
  6. バレンタイン・チョコの由来
  7. ギリシャ冬のイベント(ギリシャ政府観光局)
  8. クラブ・デ・ガレット・デ・ロワ
6 Dec 2006 (初出:16 Feb 2006)

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