ある宗教政党の自殺

ヒトラーが首相になって最初に行ったことは何だったか、知っていますか?

1933年、首班指名を受けたヒトラーは、組閣の直後にいきなり国会を解散、総選挙に打って出る。いわく「新内閣の信任選挙である」と。

組閣されたばかりで、実績もなにも分からない中での「信任」選挙。選挙中はもちろんさまざま謀略が仕掛けられた。にもかかわらず、この選挙でヒトラー率いるナチス党は過半数に届かなかった。引き続きドイツ中央党の助けが必要だった。

それでも憲法に抵触する問題で必要な2/3には足りない。その事態も中央党の協力を得る画策で、いわゆる「全権委任法」を3月に可決する。

中央党はなぜにそこまでナチス党に協力したのだろう?

ドイツ中央党はカトリック信者に依拠する保守的党派だった。当時のスターリン指導下の共産党より、それに敵対するナチスのほうが、「まだまし」と、思ったかもしれない。ユダヤを迫害していたナチスだが、カトリックには手を付けないという密約があったのだろう。それは、その後いわゆる「政教協定」として明らかになる。



「全権委任法」により、国会の議決を経ずに政府が法律を施行できるので議会は用なしになる。全権委任法の議決は議会の自殺行為だった。それは同時に政党の自殺行為でもある。

同年7月、ドイツ中央党は解散。すでに共産党や社会民主党は禁止されていて、ここにナチス1党独裁は完成する。

翌年の1934年、 ヒンデンブルク大統領が死去すると、ヒトラーは首相と大統領を兼ねる総統となる。同年8月19日の国民投票は、90%の賛成でヒトラーの地位を確認する。

関連記事:
ワイマール憲法が死んだ日
橋下徹はヒトラーになれるか?

参考リンク:
「民主的方法」によるナチス独裁への道のり

Posted on 8 Jan 2015, 14:12 - カテゴリ: 右傾化とハシズム
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戦時下の産物「東京都」

明治の時代、西に大阪市と大阪府、東に東京市と東京府があった。大阪市と大阪府は現在も存在するが、東京市と東京府は統合されて「東京都」となり、現在に至る。

東京市の廃止と「東京都」への統合は何時のことかというと、1943年(昭和18年)、戦争中のことになる。

1941年12月8日、日本軍による真珠湾奇襲から日米開戦。翌1942年4月18日、東京は空襲を受けている。この「ドーリットル空襲」は小規模だったために歴史から見落とされがちだが、当時の日本には大きな衝撃だった。政府は首都の防空都市化の必要を強く感じることとなる。

日米開戦2年後の東京市の廃止には必然性があった。首都の防空都市化には道路の拡幅と、それにともなう立ち退き、木造民家の取り壊しなどを伴う。そこで東京市という自治体がごちゃごちゃ言うとまずい。東京都長官は内務省から派遣された。


(戦時中東京で行われた防火演習・総務省のページより)

戦時体制下で誕生した「東京都」は戦後も引き継がれいた。いくつかの変遷を経たものの、東京都と特別区は現在もその特殊性を引きずっている。特別区長会は2006年から都区のあり方検討委員会を設け、特別区制度の見直しを始めている。

橋下維新、また「みんなの党」も「地方分権」を言う。しかし彼らは地方「自治」は掲げない。いわく「明治維新以来変わっていない」日本の「統治機構」を変えるのだとか。

この「統治」という言葉に彼らの本心が見える。「統治」という言葉は現憲法には出てこない。大日本帝国憲法で使われた言葉だ。
大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス (第1条)

また橋下氏は「日本の統治機構を変える。それをまず大阪で示したい」という。要はこの人、国政でだめなら大阪で、大阪市、堺市を潰して、目指すものは「大阪ハ唯一人ノ橋下総統之ヲ統治ス」ということなのか。

Posted on 13 Aug 2013, 17:09 - カテゴリ: 右傾化とハシズム
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男雛と女雛

雛と女雛のどちらを左右に飾るのか。 古来は御所での天皇皇后のお並びに従い、男雛を左(向かって右)。

これが反対になったのは、大正時代に小学校に両陛下の御真影を祀るとき左右を反対に通達したため。現在は全国で混在する。ちなみに篠田麻里子さんがツイッターで流した写真は古来の形。



「我が国の悠久の歴史、伝統と文化」はその程度のもの。「保守」を自称する人たちは天平文化やら平安貴族趣味やら元禄文化、はたまた明治以降の歴史をごっちゃにする。だが彼らにとって明治以降敗戦前までの歴史の正当化こそ真髄で、それでもって過去の歴史をも塗りつぶすというのが実態。

日の丸、君が代、武道、国家神道、いずれも明治以降のもの。日本会議の設立宣言を見ると彼らの思想の根底がよく分かる。(さとえりさんとの会話から。)

参考資料:
中村民雄『武道の礼法ー伝統の再構成ー』(PDF)

Posted on 5 Aug 2013, 9:02 - カテゴリ: 右傾化とハシズム
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刃傷松の廊下

『忠臣蔵』を知らない日本人が居た。ある若者の、あらすじを聞いての反応。「討ち入りって、テロやん。そもそも松の廊下でなくとも、相手が刀を抜いてないのに一方的に切り付けるって、イカンやろ。」

言われてみればごもっとも。説得力がある。発端は若殿の軽率な行動。おかげで失職し逆ギレの家臣。「主君の恨みを晴らす」に大義はあるのか。思ってみれば、この演目が当時から大受けし、いまも日本人に支持されるのはいったいなぜだろうと、改めて考えてしまう。



幸いか吉良上野介は軽傷だった。この喧嘩に対するお上の沙汰は、切りつけた浅野内匠頭は切腹、浅野のお家は断絶。仕えていた家臣は赤穂浪士となった。

このころ江戸幕府は何かと口実を見付けては、大名の領地を取り上げていた。それを他の幕臣に与えることで支配を強化するためだ。それがこの刃傷事件に過酷な沙汰を下した理由だった。

赤穂浪士はもちろん、当時の民衆も、この幕府のやり口が横暴と感じただろう。お上の横暴に対する反発が、いまもなお『忠臣蔵』が支持されている理由かもしれない。

桜宮高校のバスケット部員自殺の後の橋下市長の対応はどうだったか。スポーツ科の入試中止と教員の全員入れ替えを主張。その権限は自分にはなく教育委員会にあると知ると、予算を楯にして圧力を掛けた。

この橋下市長の対応に、大阪の民衆は反発を感じて当然。世論調査によると、橋下市長の対応に半数は反対という。でもなお40%が賛成というのは、私にとって不思議。

関連記事:
1.橋下さんの深謀遠慮
2.お前が言うな


Posted on 5 Aug 2013, 9:00 - カテゴリ: 右傾化とハシズム
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住友家への恩返し

大阪市立美術館の廃止論議で「美術館用地を寄贈した住友家の意思を裏切る」という批判がある(togetterまとめ)。これは誤解。

美術館だけではなく動物園も、天王寺公園一帯を民間に払い下げ、住友家にお返ししようということ。難波からLRTを引いて付加価値を上げるというおまけも付けて。

中之島ミュージアムアイランド構想の基本も、民間が稼いでいただくこと(大阪都市魅力想像戦略)。すで来ていただいている京阪電鉄には儲かってもらわねばならない。将来はベイエリアまで延伸。そこにはクルーズ客船の母港化カジノ建設。中国のお金持ちを呼び込んでお金を落としてもらう。

ベイエリアの土地を取得する住友商事さんなどへのせめてもの恩返し。獲らぬタヌキの大阪オリンピック、WTCへの府庁移転もままならず、大変迷惑を掛けた。それを挽回しようとするこの努力を分かってもらえないだろうか。……と、橋下市長の意を代弁しておく。(写真はJCP OSAKAから)


参考リンク:
「ゼネコン、銀行」に貢ぐ大阪「維新の会」

Posted on 10 Feb 2013, 8:21 - カテゴリ: 右傾化とハシズム
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