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ハシズムの危険

「決められない政治」

橋下徹の政治手法を「独裁」と呼ぶのは止めよう。それは「恐怖政治」と呼んでよい。

7 Aug 2012

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「決定できる民主主義」

「独裁」批判に橋下が考えた言葉が「決定できる民主主義」。 「100人居れば百家争鳴。でも最後は決めなきゃいけない。それは選挙で信任を受けた私がやる。」 というのが橋下のスタンス。 言い換えても中身は同じ独裁主義。 また「決められない政治」から「決められる政治」へというスローガンも、 朝日新聞をはじめとする財界お抱えの大手新聞社はお好きなようだ (kojitakenの日記 など)

国会はなぜ「決められ」なくなった?

朝日新聞社説の言葉を借りれば、なぜ『決められない政治』に陥ったのか (2012年6月16日)。 昨今の国会で言えば、衆参のねじれがその原因だ。 ではその衆参のねじれがどうして生じたかというと、 消費税を少なくとも4年間は上げないことを公約に2009年の衆議院選挙で政権交代を果たした民主党が、 2010年の参議院選挙では当時の管首相が消費税10%を口にして大敗したからだ(その他もろもろの公約破りは省略)。 つまり「衆参のねじれ」と言うよりも「政権と民意とのねじれ」がそもそもの原因だ。

なかなか「決められない政治」を尻叩きして消費税率アップを煽り、それが成就する見込みが出たら、 こんどは民主党の公約違反を叩くという自民党、公明党、そして大手メディアの厚顔も大したものだ。

民主主義と独裁

たとえ政権党が、あるいは民自公の国会多数派がグルになって悪政を行おうとしても、 民意に背いていれば簡単には進めることができない。それが民主主義なのだ。 大飯原発の再稼働のように、あえて民意に反した決定を政府が下すならば、国民は黙っていない。 それもまた民主主義だ。 「選挙で信任を得たものが決断すればよく、国民は黙って従え。」 とは独裁主義以外のなにものでもない。

「ヒトラー独裁のときの統治機構・メディアの情況(原文のまま)と今のそれを比較して独裁云々を論じなければならない。今の統治機構において権力は完全な任期制。そして公正な選挙で権力は作られる。これだけでいわゆる独裁は無理。さらに何と言ってもメディアの存在。日本においてメディアの力で権力は倒される。」 (橋下徹: 2012年2月18日 自身のツイターで)

渡辺恒雄 読売新聞会長によってヒトラーに例えられたことに対する橋下の反論。 あるいは巷に「橋下氏がやりたいようにやらせてみて、もしダメだったら4年後に選挙で落とせばよい。」 という論調も見かける。 しかし、これはたいへん危険だ。

ヒトラーとナポレオン、この2人、あるいは3人(注の共通点は共和制のもとで選挙によってその独裁的地位を得たこと。 そしてその権力を一手に握ることで、侵略戦争を突き進めることができた。

たしかに、現在の日本のように、朝日新聞、テレビ朝日など大手メディアの後押しで独裁者が作られる例は歴史上初めてかもしれない。


注釈

注*1: ヒトラーが率いるナチ党が国会で多数を得てヒトラーは首相に。総選挙の後に『全権委任法』。ヒンデンブルグ大統領の死後、ヒトラーは総統となり、国民投票で信任を得た。
注*2: ナポレオン・ボナパルトは国民投票によって終身統領に就任し、皇帝となるときも国民投票で信任を得た。
注*3: ナポレオン・ボナパルトの姪にあたるルイ・ナポレオンも第二共和制下の普通選挙で立憲議会議員を経て大統領に当選、武力クーデタのあと国民投票で帝政復古、自らをナポレオン3世と名乗る。 そして侵略戦争に乗り出したのも叔父譲りだった。

参考リンク


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