トンキン湾事件

北朝鮮の挑発的な言動は口だけでは収まらないかもしれない恐ろしさがある。北朝鮮はもちろん、関係国も軍事的緊張をもたらす恐れのある行為は自制し外交努力に徹するべきだ。そんな中「非武装地帯近くに米軍ヘリ墜落」との報道があった(朝鮮日報 2013/04/16)米韓合同軍事演習中の事故とのこと。

1964年、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍とアメリカ海軍が交戦する事件があった。「報復」として米国がベトナム北爆(写真)を開始し、ベトナム戦争に本格的に介入するきっかけとなった。事件のあったのがトンキン湾内だったのか公海上だったのか、どちらが先に撃ったのかなど細かい議論はしないでおこう。要は米国の軍事挑発であり陰謀であったことはいまや明らかになっている。



いかなる名目でも国境線近くでの軍の活動は軍事的衝突を招きかねない。国境近くに軍を展開すれば、それは攻め込むぞと宣言していると解釈される。これを避けるため朝鮮半島の38°線には南北それぞれ2kmの非武装地帯を設けている。

今回の米韓合同軍事演習も非武装地帯に踏み込んでない。が、ギリギリのところでやっていた。北朝鮮はミサイル発射台を日本海側に移動したことで、攻撃の姿勢を現したとされる。しかし瀬戸際戦術を採っているのは北朝鮮ばかりではない。


Posted on 24 Apr 2013, 9:13 - カテゴリ: 国防軍
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9.11テロでただ一人裁かれた者

テロは憎むべきものであり、厳しく法の裁きを受けなければならない。ボストン・マラソンでの爆破事件の捜査がどう展開するかは今後注目したいところ。

ところで、2001年9月11日の対米同時多発テロは、その後どうなったか。もう10年以上経ったが、有罪の裁きを受けたのはたった1人しか居ない。


写真提供: U.S. Federal Government

そう言えばヘンだよね。あれだけ大規模なテロだから、ウサーマ・ビン・ラディン(写真)が首謀者だったとしても、手下がいっぱい居るはず。いやいやビン・ラディンは裁判などなく、米国特殊部隊によって一方的に殺されただけ。

イラクのサッダーム・フセインは裁判で死刑になった。いやいや、彼の罪状はシーア派住民に対する大量殺人などであって、9.11テロともアルカイダとも関わりがない。

米国でただ一人終身刑を受けているのはザカリアス・ムサウイというモロッコ出身者。罪状はというと、航空訓練学校で成績は悪いのにジャンボジェット機の操縦を習いたがっていたというもの(習得できずに退学)。(もう1人、ドイツでムニール・エル・モタサデクというモロッコ人元留学生が禁固15年の有罪判決を受けている。)

9.1同時1多発テロは米国の国内線航空機がハイジャックされ、国内施設に突っこんだもの。国内犯罪として米国がその警察力で米国内を捜査し、米国の法律によって容疑者の拘束も、犯罪者を裁くこともできるはず。

しかし実行犯はみんな旅客機とともに死に、地上の共犯などなかったことになっている。代わりにアルカイダという国際テロ組織が主犯と見立て、ブッシュ大統領(当時)は「対テロ戦争」を宣言した。アルカイダ指導者をかくまっているという理由でアフガニスタンを侵攻、またイラクにも侵攻した。イラクとアルカイダの関係はCIAのでっち上げだったことは後に明らかになる。

自国内で起きたテロ事件を口実に進められた米国の「対テロ戦争」。いったい何十万人が犠牲となったろう。


関連記事
1.対イラク戦争の正義?
2.パナマ空爆 - 犯罪者を捉えるやり方
3.サラエボ事件 - 第一次世界大戦はいかにして始められたか

参考リンク
ザカリアス・ムサウイ(ウィキペディア)

Original Posted on 23 Apr 2013, 12:50

Posted on 12 Feb 2015, 10:59 - カテゴリ: 国防軍
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どれだけ武装すれば安心?

ならず者が横行する世界の現状で、理想論ばかり言っておられない。」
平和憲法に対する疑念はそんな風に出てくる。「絶対平和という非現実的な共同幻想」(日本維新の会 綱領)。「一国平和主義的観念論」(自由民主党 2010年綱領)。昨今の情勢を見ていると心配はある。では、どの程度の備えをしておけば良いのか。

次の図を見て、どういうことを感じるだろうか。少し古いが2009年の各国の軍事費。



どう見ても米国の軍事力は破格。第2位の中国でさえ、ねじ伏せようと思えばそれもできそうな圧倒的な差がある。でも米国はそうしない。米国が戦争の相手に選んだのはもっと弱小のイラクでありアフガン。あるいは中南米の小国だった。北朝鮮は統計に載っていないが、10位の韓国よりも下だろう。彼らの焦りも分からないではない。

しかし米国はベトナムを打ち負かすことはできなかった。後ろ立てだったソ連が崩壊した今も、目の前の小国キューバに手を出せない。あるいは国境紛争を抱える中国とインドの軍事費にも5倍以上の差がある。それらを見ると、「軍事バランス」だとか、世界は軍事だけでは決しないことが分かる。

日本はこの年の統計で6位。東アジアで見ると、いまや中国に次いで押しもおされぬ軍事大国となっている。この上どれだけ軍備を増強すれば満足なのだろう。

視点を変えてみよう。韓国は北朝鮮と形式上は戦争中で、いまは休戦しているにすぎない。平和憲法をいただく日本がその韓国よりも軍事費が多いという事実。ベトナムは米国との戦争が終わったあとの1979年、中国からの侵攻を受けて撃退したという経験を持つ。他国が攻めて来たことなど、史上ただ1度、13世紀の元寇にまで遡る日本の軍事費がベトナムの20倍(参考2)という事実。これらを、あなたはどう考えるだろう。

参考リンク:
1. 改憲 危険な“大合唱” (赤旗 2013年4月7日)
2. 軍事費 国別ランキング(2011年) (世界ランキング統計局 2012/10/28)


Posted on 9 Apr 2013, 21:58 - カテゴリ: 国防軍
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生活保護が特権となる理由

まじめに働いているワーキング・プアよりも、働かぬ生活保護受給者のほうがマシという非合理はなぜ起きるのか。

建前で言うと2007年の最低賃金法改正(2007/11/29 J-castニュース)で、最低賃金を上げる方向でこれを是正することが決まっている。また働いている、あるいは年金収入があっても生活保護基準より低ければ、不足分は生活保護で補われる。なので制度上は、働いている者が生活保護受給者より困窮することはあり得ない。

財界の抵抗で最低賃金のアップは充分でない。そこで逆に生活保護支給基準のほうを下げるのが安部内閣(産経 2013.2.28)。この生活保護支給基準は、日本の所帯を所得の低いほうから並べて10%のレベルを目安としている。そうすると理屈の上で総人口の10%、その数1,200万人が保護対象者となるはずだ。ところが、じっさいの受給者は200万人。1.6%でしかない。



いまここに生活困窮者6人が居たとすると、生活保護を受けているのはそのうち1人。あとの5人はそれを羨ましく見ているだけということになる。受ける権利を知らずにいる人も居るだろう。しかし窓口に相談に行っても追い返されるケースが多い(参考1)。2012年札幌で餓死した姉妹は相談窓口に何回か足を運んでいるが、申請書すら渡されていない(参考2)。生活保護を受けるには、本人に根性があるか、議員の紹介あるいは支援する団体の後押しでもないと難しいという実状となっている。困窮者6人中、生活保護を受けられるのは1人。それが最貧困者とも限らない。これが生活保護が特権に見える理由。

生活保護の不正受給など制度が悪用されることがある。しかし不正受給とは言えないものまでバッシングを受けている例も多い。たとえば2012年に話題になった有名芸人の母親が生活保護を受けていたという問題も、当の芸人から母親への仕送り額などを福祉事務所と話し合っており、不正でもなんでもない(参考3)。大阪市は警察官OBを含む不正受給専任チームを置いている。悪質な貧困ビジネスの摘発などは成果と言える。だが不正受給でないものまで「摘発」するという事例もある(参考4)。

兵庫県小野市は、生活保護費や児童扶養手当をギャンブルで過度に浪費することを禁止し、浪費を見つけた場合、市民に情報提供を求める条例を作った(参考5)。生活指導はケースワーカーの仕事で、条例化する必要性もないし、市民監視をさせるというのも恐ろしい。

生活保護費のうち不正受給の割合は金額で0.4%。これは摘発されたもので、じっさいはもっと多いという論もある。しかし、対象者であるはずなのに支給を受けていない人数は500%。市民監視をするならば、恩恵を受けていない人々を見つけ出し救済することのほうが、むしろ必要ではないか。


関連記事: 生活保護は誰のため
参考リンク:
1.北九州市役所、水際作戦… (2009/06/09 奈良たかし 生きてるしるし)
2.札幌市姉妹「餓死」… (2012年6月3日号「守る新聞」全国生活と健康を守る会連合会)
3.お笑い芸人の“生活保護”事例は… (2012年07月25日 HIRO さんのブログ)
4.不正受給扱いが撤回された事案… (2013年3月4日 生活保護問題対策全国会議)
5.「生活保護パチンコ禁止条例案」に異論噴出 (2013年03月04日 産経)


Posted on 28 Mar 2013, 17:23 - カテゴリ: 経済
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イラク戦争は何だったのか

2003年3月20日、米英は地上軍を侵攻、イラク戦争を開始した。これにいち早く支持を表明したのが当時の小泉内閣だった。
「我が国は、我が国自身の国益を踏まえ、かつ国際社会の責任ある一員として、我が国の同盟国である米国をはじめとする国々によるこの度のイラクに対する武力行使を支持します」(内閣総理大臣談話 平成15年3月20日)。

冷戦と呼ばれた時代は、ソ連と米国をそれぞれを中心とする東西ブロックの対立構造だった。ソ連の崩壊後、当時の米国大統領ブッシュは対テロ戦争を宣言。テロリストの側に付くか、米国側に付くかを各国に迫ったのだった。米国に尻尾を振り付いていく道を選んだのは日本ばかりではない。



イラクという国は、日本はもちろん米国も一度も攻撃したことがない。将来にもその可能性はほとんど無かった。武力侵攻の理由とされた大量破壊兵器は無かったし、国際テロ組織アルカイダとの関係も、CIAによる捏造だった。それを無条件に信じたのが英国であり日本だった。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」(日本国憲法前文)を投げ捨て、米国の軍事戦略にどこまでも従う道を選択した。道理無きイラク戦争への支持は、それへ大きく踏み出した一歩だった。

マスターの部屋 関連記事: 対イラク戦争の大義
関連リンク:
1.きょうの潮流(2013年3月20日 赤旗)
2.イラク戦争10年 福田元首相「我々に情報はなかった」(朝日新聞デジタル 3月20日)

Posted on 20 Mar 2013, 18:10 - カテゴリ: 国防軍
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