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5.ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』の謎

Leonardo Da Vinci - The Last Supper
Leonardo Da Vinci, The Last Supper (1494-1498) CG by NHK

いよいよ本題(?)のレオナルド・ダ・ヴィンチによる『最後の晩餐』に話題を移そう。 この絵はサンタ・マリア・デッリ・グラッツェ教会付属の食堂の壁画として描かれた。 フラスコという手法ならば堅固なのだが、ダ・ヴィンチはテンペラの手法でこの絵を描いており、 当初から剥落など痛みが激しかったという。 近年修復され、その姿が明らかになり、『ダ・ヴィンチ・コード』の題材になるなど話題を集めた。 上はNHKによるCG画像。

The Last Supper (detail)

ペトロのナイフ

イエスの右、こちらから見てイエスのすぐ左の3人を拡大したものが左の図である。 自分のことが言われていると分かっているのか、身を引いているのが裏切り者のユダ。 右手にはイエスを売り渡して得た銀貨を入れた袋を握っている。 ペトロは立上り、ナイフを握る右手を腰に、裏切り者は殺してやりましょうと言わんばかりである。 イエスが捕えられるときに追手の一人の耳を切り落とした人物を、『ヨハネによる福音書』はペトロとしているからであろう。 これを参考にしたか、Jacopo Bassano (1542) も、ペトロにナイフを持たせた。 ダ・ヴィンチのナイフの角度は不自然だとも言われるが、じっさいにポーズを取ってみると、さほどおかしくもない。

ナイフはさておき、この3人のうちのいちばん右、キリストの右隣に座る人物が 『ダ・ヴィンチ・コード』ではマグダラのマリアとされ、私が訪れたときも観光客の一人がその疑問を投げかけていた。 ガイドはその人物を使徒ヨハネであるという公式見解を示して答えていた。 そのやりとりはイタリア語だったのだが、たぶんそのようなことらしい。

ヨハネの髭

イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。
シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。
その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、
イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。 (ヨハネ13:23-26、新共同訳)

有名な最後の晩餐で、裏切りの予告直後の場面である。 多くの絵が、このヨハネによる福音書による記述にもとづいて描かれた。 イエスが弟子たちの誰をも深く愛しておられたのは当然であろう。 しかしここで出てくる弟子が「イエスの胸もとに寄りかかった」というのは、いささか尋常ではない。 版によってはこの記述を翻訳しづらく、たとえば新改訳ではこれを無視している。 上記引用第1行目の新共同訳「イエスのすぐ隣には、…」も、英語の King James版によれば、「イエスの懐には…」となるべきところである。

Now there was leaning on Jesus' bosom one of his disciples, whom Jesus loved. (John 13:23, King James version)
さて、イエスの懐には一人の弟子が寄りかかっていた。イエスはこの弟子を愛されていた。(拙訳)

Serra - The Last Supper
Jaume Serra, The Last Supper (1370-1400) Museo Nazionale, Palermo

そういうわけで、 イエスの愛する弟子は、 最後の晩餐ではイエスの隣で、イエスの胸もとで眠っている姿で描かれることが多い。 また、この人物に髭は無く、若者か女性的な容姿で描くのを通例とする。 髪は金髪で衣装は朱色が使われることが多い。 これはマグダラのマリアと同じである

ダ・ヴィンチもおおむねこれに従っていると思われる。 イエスに寄りかかるのではなく、こちらから見て左のペトロのほうに体を傾けているのは、 ペトロに耳打ちされているか、答えているところだと解釈すれば良い。

晩餐の食卓

最後の晩餐は、共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)によると15日で「過越の食事」というユダヤ教の儀式に即したものとなっている。 しきたりによればこの日、子羊の肉を食べる。 したがって最後の晩餐が絵画に描かれるときの食卓の上にはパンとワイン、羊を置くのが通例であった。 また、このときのパンは酵母を入れないので、煎餅のような形をしている (右図ヨーメ・セッラなど) 。

しかしヨハネによる福音書だと最後の晩餐は14日で、ユダヤ教の儀式「過越の食事」とは関係がなくなる。 ダ・ヴィンチのものでは、羊ではなく魚が置かれている。 さらに、ダ・ヴィンチのパンは膨らんでいるようである。 よりヨハネに即した表現を選んだのであろう。 おもしろいことに Duccio di Buoninsegna は、この2種の絵を残している。すなわち、 羊に種なしパンのバージョン魚に膨らんだパンのバージョン (どちらも 1308-11年ごろ)。 ただし後者は最後の晩餐ではなく、イエス復活後の弟子の前への顕現を描いたもの。

同じ出来事を4人の記者が記録したと考えて、併存する福音書を纏めようとする試みはいつも失敗する。最後の晩餐もその例のひとつで、 その日付を確定できないだけではない。晩餐の性格が異なってしまうのである。

追記: 晩餐のメニューについて 『レオナルド・ダ・ヴィンチの小部屋』 が別の説を展開されている。 ダ・ヴィンチのこの絵は、ここで紹介した Duccio di Buoninsegna の2つの主題、すなわち最後の晩餐と復活後の弟子との食事とを併せて描いたものではないかという。 ダ・ヴィンチは絵に多義性を持たせるのが好きなので、これもありそうな話かもしれない。

コップの数

Chalice

見る人によればちゃんと人数分13個のコップが描かれているそうである。 私には12個までしか見付からなかったので、ペトロの分がユダの右肘で隠れていると思った。 これはイタリアの会社が提供する画像ではペトロのナイフの直下にコップがあるが、NHKのCGではこれが無くなっているというのが事実のようだ。

ところで、あれが無いではないか。どうしてダ・ヴィンチは聖杯を描かなかったのか? イエスが「これは私の血である」と言って、弟子たちに回し飲みさせ、 現在の教会が行う主の聖餐の儀式の起源となった、聖杯(カリス)は、こんな質素なガラスコップではないはずだと、思う人もいるかもしれない。

しかし、その有名な聖餐の制定は、じつは共観福音書のもので、『ヨハネによる福音書』には書かれていない。 さきのヨーメのものや、ダ・ヴィンチ以前に売れっ子であったジョットなども、たいそうな杯は描いていない。 聖餐の制定を強調するときは、台の付いた立派な杯を描くかもしれないが、それが一般的なものではない。

女性の弟子

通説ではこの愛する弟子を使徒であり福音記者のヨハネに当てはめている。 しかし『ヨハネによる福音書』にしたがえば、 最後の晩餐に同席した者が全員男性であったとは言えない。

Communion of the Apostles 1450

共観福音書(マタイ10:1-4、マルコ3:13-19、ルカ6:12-16)に記載される十二使徒は全員男性である。 しかし、十二使徒のリストはヨハネには記載されていない。 そもそも「使徒」(apostle)という言葉はルカのもので、ヨハネは「弟子」としか呼んでいない。 だからヨハネに忠実に従うならば、最後の晩餐のメンバーは 他の福音書が全員男性とする十二使徒と同じである必要は無い。

Christ hanging the key to St. Peter(detail) ヨハネによれば、この席はユダヤ教にもとづく儀式ではなく、大事な弟子たちとの最後の食事の場である。 男女や貴賤に区別なく接していたイエスの弟子に女性が居なかったとも思えない。 それが女性であるとしたら、 上記引用の記事はもっと素直に読めるのではないだろうか。 それは女性であり、マグダラのマリアかもしれない。

ヨーメ・セッラによる件の人物は、登場人物中ただひとり髭が描かれていないなど、 女性(あるいは少年?)を意図して描いている。 フラ・アンジェリコによる聖体拝領の場面 (Fra ANGELICO, Communion of the Apostles, 1451-52, Museo di San Marco, Florence) でイエスからちょうどパンを受けている人物も、ほとんど女性に見える。 これらは 愛する弟子=ヨハネ という解釈で描かれているのかもしれない。 しかし前に見た システィーナ礼拝堂の壁画 (Pietro PERUGINO,Christ Handing the Keys to St Peter, 1481-82, Cappella Sistina, Vatican) で、イエスから鍵を受け取るペトロの向こうに女性らしき人物が立っている。 こちらの場合、福音記者ヨハネ(ペテロのすぐ後ろで書物を手にしている)と別にこの人物が描かれていることは注目される。


最後の晩餐の席次

ここで、ダ・ヴィンチによる『最後の晩餐』における席次が、それまでのものと異ることに気付く。 ここに掲げたヨーメ・セッラのものを見て分かるように、 愛する弟子はイエスの左手に置き、 イエスの右手は十二使徒のうちの長老、ペトロが占めるのが通例である。 ダ・ヴィンチが斬新であったことは、愛する弟子を女性的に描いたことよりも、 ペトロがその重要な席を愛する弟子に明け渡していることである。 ユダは身を引き、ペテロが身を乗り出しているが、よく見れば席は裏切り者のユダのほうがイエスに近い位置となっている。 ANDREA del Sarto も、この席次を継承した。 左右はイエスから見てのことなので、こちらから見ると反対になる。
ダ・ヴィンチの席次: (ペテロ)-(ユダ)-(愛する弟子)-(イエス)

Giotto - Padua

ダ・ヴィンチはこの席順がヨハネの記述に合うと思ったのであろうか。 確かに、ぺテロがイエスの隣なら、わざわざ愛する弟子を通して聞く必要はない。 そのあとイエスはユダにパン切れを与えるが、みんなはその意味が分からなかったというから、ユダの席があまり遠いと不自然である。 しかし、記事をより自然に読むことのできる席順がある。 同じジョット工房の2つの『最後の晩餐』であるが、微妙に席順が異なる。 どちらもユダは黄色の衣装で背中を見せており、光輪が無いので見分けられる。

  1. パドゥアにあるオーソドックスな席次: (ユダ)-(ペテロ)-(イエス)-(愛する弟子)
  2. ミュンヘンにあるちょっと異例な席次: (ユダ)-(イエス)-(愛する弟子)-(ペテロ)
Alte Pinakothek, Munich

このミュンヘン、アルテ・ピナコテーク所蔵のジョット工房による『最後の晩餐』は巧みにユダを末席に見せているが、 ユダは実はイエスの右腕だったのかもしれない? Andrea del Castagnoは ユダをイエスの向かいの席にして別解を示している。 ともかく、ここでユダは退席し、後はぺテロが弟子の筆頭となる。 こう見ると、やはり愛する弟子は 別格で、女性あるいは子供、いずれにせよ十二使徒のリストに入らない人物なのであろう。

14 Apr 2013 (初出:28 Jan 2006)


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