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CSSについて

CSSって何?

市販DVDの多くが Content Scrambling System という スクランブル(暗号化処理)がされています。(Region Play Control すなわちリージョンコード設定もセットになっている。) これを業界側は「コピー防止」機構と呼んでいますが、名のとおりスクランブル処理であって、これを解かなければ読み出しすらできません。 読み出しできなきゃコピーもできないって、そりゃそうだけど、再生もできないでしょ。 なので読み出したデーターを再生はしても良いけどハードディスクなどにコピーしてはいかんなどというライセンス契約を結ぶならばこのスクランプルを解く鍵を渡すというシステムになっているらしい。 そうするとオープンソースでプレーヤーを作ることはできない。 オープンソースだとその鍵も見えてしまうし、 仮にその部分だけ暗号化したとしても、プログラムの改変は自由であるというオープンソースの原則だと読み出しできるものは少し手を加えればコピーもできるようになるからだ。

法律との関係は?

このシステムでは鍵をばら撒くことになるので、いくら契約で縛っていても不注意でその鍵が洩れることがあるし、実際洩れたことがあるらしい。そのことはこのシステムには織り込み済みで、鍵はいくつも用意しておき洩れてしまった鍵を安全な鍵のリストから外すという方法で被害を最小限に抑えるという方法を採っている。 ところが一連の鍵を作る方法が知られてしまうとお手上げである。そしてそれは破られてしまった。 いろいろなガードでもいずれは破られるものであり、それはこれまでの歴史であきらかだ。 そこでこれへの対処はというと、鍵を破ってコピーする行為を法律で禁じればよい。 個人レベルでこっそりやられると摘発は困難だが、流通で摘発することができる。 流通させるには広く知らしめなければならず、そうすると自動的に摘発の網にかかる。 しかし業界はここで満足できなかった。 以上の法体系では個人レベルのコピーは摘発が困難だ。 そこで鍵を破ることのできるツールの流通を禁止する。 米国で1998年に成立したデジタルミレニアム法(および改正著作権法1201条(a)(1)(A))である。 日本でもこれに呼応して1999年著作権法と不正競争防止法の改正が行われた。

DeCSSって合法なの?

CSSについてもそれは破られてしまった。DeCSSという名前で知られています。 これが合法かどうかは米国で2つの裁判で争われておりそれぞれの裁判所の判断は食い違っています。 DeCSSという言葉には再生のためにCSSの解読をすることと、それを利用したコピーツールを指す2つの場合があり、後者のコピーツールについてはここでは論評を控えますが、 少なくとも前者すなわちここで紹介するCSSの解読と再生手段を用いて正当に購入あるいは正当にレンタルされたDVDを観賞することは問題ないと私は思います。

日本ではどうなの?

話を日本に転じて、 改正著作権法第30条ではコピー防止機構を解除して複製することを禁じているので、再生、観賞することは正当な行為であって、とうぜん規制されていません。 また改正著作権法では規制の対象としてマクロビジョンなどオリジナルの再生には問題ないがコピーが正常にできないもの、あるいは1世代はコピーできるが2世代目以降のコピーを禁じるなどの技術を想定しており、CSSのようにこれを解かなければいきなり再生すらできないというのは想定されていないようです。 またマクロビジョンにおいてもオリジナルの再生に画質低下があり、これを改善するための装置が結果的にコピーガード機能を破ることになる場合、この装置そのものは第120条の2では規制できず、これを使って実際にコピーする行為が第30条で規制される(かも)と解釈するのが妥当だと私は思います。 DSSはこれを解くことしかオリジナルを再生する方法がないのですから、そうして再生することは 議論の余地なく正当な行為であると思われます。 議論するとすればCSSのライセンスを取得せずにそれをしてもよいかということぐらいです。 しかしそれを禁止する根拠を私は見出せません。 手もとにある市販DVDには「複製不可」とは書いてあるものの、再生には「DVDに対応するプレーヤー」が必要と書いてあるだけでCSSライセンスのことなど何も述べていません。 またDeCSSは不正な手段によって得られたものでないことは米国カリフォルニアの裁判経過に明らかです。

何のための鍵か?

MPPAのDVD-FaqはDeCSSを「あなたの家の鍵を破る道具」(a tool that breaks the lock on your house)と喩えています。 そうです。私は家を購入したのですが、不思議なことに鍵を渡されていなかったのです。 あるいはこうです。私はホテルMPPAに料金前払いで部屋を借りました。ところが鍵は渡されていないのです。 DeCSSで部屋に入ることができました。 部屋に入ることができたのですからその家具を持ち出すこともできるかもしれませんが、それをするかしないかと鍵とは関係ありません。 …
それにしてもこれらの喩えはあまりよくないのでちょっと変えましょう。 私は本を買いました。ところがなんとそのカバーを開くのに鍵が必要ではありませんか。この鍵は本屋には置いてません。 そうするとその鍵を渡してくれた人がいたので、私は本を読めました。 この鍵は広く配られています。 それのどこがいけないでしょう? この鍵は本屋で件の本を買わない人には何の役にも立たないのですから。
この鍵を配る行為をさきのFaqでは最後のほうで'providing the keys to the castle" と表現しており 日本国際映画著作権協会 の日本語訳では「きちんと保護された場所に入る鍵を不当に販売した」となっているところですが、ここは「本丸への鍵を配っている」という訳が適当でしょう。 じっさいMPAAが躍起になっているのはこのためでしょう。 しかしこのCSSという城は組み立てそのものがいびつなのです。

以上は私の素人判断に過ぎませんが思うところを述べました。 間違いや異なる意見は指摘していただけると幸です。

31 May 2002
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