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「原子力は夢のエネルギー」

ムラの方言「安全裕度」は原子力安全・保安院の発明

22 Aug 2012

「原子力は夢のエネルギー」
そう、そしてそれは悪夢だった……。

「安全裕度」と「安全率」あるいは「安全係数」

原発のいわゆるストレステストに登場する「安全裕度」という言葉。 私はこれまで「安全裕度」=「安全率」という意味に捉えてきたが、原子力安全・保安院はこれらを別のものとしているようだ。


(2011年9月 原子力安全・保安院。A-Dの印は引用者)

この図には「安全裕度」とは別に「安全係数」という言葉が現れる。 「安全係数」は「安全率」と同義なので、原子力安全・保安院の言う「安全裕度」は、「安全率」とは別ものらしい。

これによると、「規格上の材料の強さ」(C)から安全係数を考慮したうえで「設計基準上の許容値」(B)が決められているとのこと。 したがって、計算上のストレス(A)が「許容値」(B)ギリギリであっても、なお「安全係数」分は確保されているということになる。

だからたとえば大飯3-4号機のストレステスト1次評価の結果が、地震に対する「安全裕度」1.8倍ではギリギリ感があるが、 まだその向こうに「安全係数」があるのだから大丈夫ということなのかもしれない。

図は 2011年9月 原子力安全・保安院による「ストレステストを参考にした安全評価」あるいは「発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価」と題する資料から。 ネット上で拾ったものだが、どこで配布されたものか明らかでない。 これとは異なった資料で「発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価の概要」は何度も使われている。 そこにはこれを簡略化した図が使われていて、「安全係数」という言葉は無い。


「安全裕度」の定義

どうもこの「安全裕度」という言葉は原子力村の方言らしい。 ネットを「安全率」あるいは「安全係数」で検索すると、さまざまな技術分野のものが掛かる。 ところが「安全裕度」で検索すると、原発関連のものしか出てこない。 それ以前に「裕度」という言葉が漢字変換で出てこない。変換辞書にあるのは「尤度」(「もっともらしさ」の意)というまったく別の語。

さらに言えば、この言葉はほとんど今回のストレステストがらみで使われている。 1984年 原子力委員会月報2月号に「機器配管系の耐震安全裕度の評価確認に関する研究」と題する科学技術庁国立防災科学技術センターの記事が見られるから、 昔から「ムラ」にこの言葉は存在したようだ。 ただし、そこに「安全裕度」の定義は無い。 今回この言葉に定義が与えられたのは原子力安全・保安院の発明かもしれない。

原子力安全・保安院が「安全裕度」という言葉を持ち出したのは、それを自由に定義できるからだろう。 さきの図の(安全裕度)のところには、その2つの定義が示されている。 すなわち 1次評価と 2次評価では定義が違う。

1次評価では (安全裕度) = 設計基準上の許容値(B)/想定基準地震動から計算された応力(A)
2次評価では (安全裕度) = 試験で確認された材料の強さ(D)/想定基準地震動から計算された応力(A)

そうするとたとえば大飯3-4号機の 1次評価の数字 1.8倍は、 (安全係数などの値によるが) 2次評価だと 6倍だとかの大きな数字になるのだろう。

1次評価と2次評価

なぜ定義が2つあるのか。 それは1次評価と2次評価の実施項目の違いよりも、それらの使われ方の違いを見ればよい。 1次評価は再稼働の条件。この「安全裕度」が大きいものから再稼働していけばよい。 2次評価は運転の条件で、もし「安全裕度」がギリギリだったり、1より小さかったりすると、運転中の原発であっても止めなければならない。

耐震バックチェックを終えているならば、1次の定義で 1倍以下はあり得ない。 だが 2006年改訂の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(新指針)にもとづく耐震バックチェックは中間報告すら半分も終わっていない。 だから既存の原発を「新指針」で評価すると1次の定義では1倍以下、すなわちストレスが許容値を超える可能性はある。 運転中だと補強工事もままならないので、それを止めなければならない。 許容値を超えるのはともかく、「ギリギリはいいのか」など、ドミノ的に原発を止める事態も予想される。 原子力安全・保安院がストレステストを指示した 2012年7月にはまだ十数基の原発が稼働していた。

そこで 2次評価では別の定義を使う。 たとえストレス(A)が許容値(B)を超える場合でも、(C)や(D)まではまだ余裕がある。まだ「壊れるわけではありません」と。

「余裕」とは「不安要素」の集積

これらの「余裕」の中身を見てみよう。 図で(C)と(D)との間は材料のバラツキであったり、パイプならその寸法精度であったりする。 あるパイプは(D)で破壊するかもしれないが、別のパイプは(C)で破壊するかもしれない。 このときパイプのメーカーは安全側として(C)をその規格とする。 そして設計者はメーカーから与えられた規格値(C)を用いて装置を設計する。 ここに(D)-(C)の「余裕」が生まれる。

同じことは許容値(B)を設定するさいにも、また設計目標(A)の設定時にも生じる。 材料のバラツキ、加工精度、温度履歴や機械的ストレスによる疲労、稼働中の減肉、施工の不確実、メンテナンスの欠如、計算の不確かさ…、などなど。 それぞれにおいて、不明な部分があれば、そこで安全側が採られる。 なので計算上で壊れてもおかしくない状況でも、じっさいは壊れない。これらの「余裕」があるからだ。

以上見たように、「余裕」というのは「不確かさ」、言葉を代えると「不安要素」の集積であって、「安心」の集積ではない。

オーバークロック

コンピュータの世界で「オーバークロック」というものがある。 コンピューターを動かしているICは、私に言わせればまあ言えば焼き菓子みたいなもので、製造時のちょっとした火加減とか何とかで、その出来栄えには大きいバラツキがある。 あるものは高速で動かせるが、あるものは高速で動かすと誤動作する。 なのでCPUのメーカーは、生産されるものの中でもっとも遅いものに合わせた速度=クロックを規格とする。

一部マニアは、その規格と実力との狭間を突いて、クロックを規格で保証されていないところまで上げて、コンピューターを高速で動かすことにトライする。 これが「オーバークロック」だ。 いつも成功するわけではない。 たまたま手にしたCPUを「これだけオーバークロックできた」と、マニアは自慢する。 これは個人のマニアだからできる「運試し」の世界だ。 ビジネスや重要なシステムでこれをやったら、大きな問題だろう。

原発という、けっして壊れてはいけないものに、こういう運試しか博打の要素を持ち込む原子力安全・保安院の神経が知れない。 その論理は日本原子力学会が設置した特別専門委員会(委員長:斑目春樹)の報告(2010年)がルーツとなっている。

「安全裕度」の本当の意味

「安全裕度」とは原子力安全・保安院の造語で、その定義は恣意的にされている。 いずれにせよ、その値が大きいということは安心材料にはなり得ない。 「安全裕度」とは不確定、不安要素の集積だからだ。

1次評価のたとえば大飯3-4号機で 1.8倍という数字、(B)/(A)は、「許容値(A)を満足するための不安要素、 たとえば施工やメンテナンスなどを考慮して設計者が設定したもの」という以上の意味はない。 1.8倍あるからといって、たとえば 1.1倍の地震動で壊れないという保証はどこにもない。

さらに問題はその数字は適切なのかということ。 つまり不安要素は0.8倍に収まっているのかどうか。 たとえば四国電力は伊方原発について、2倍を目標にしている。 (ただし四国電力の「耐震裕度詳細評価」における「裕度」の定義は1次評価のそれと同じではないらしい。)

大飯3-4号機建設時の想定地震動は405ガルだった。今回の評価ではそれを 700ガルに引き上げている。 設計者は初期には3倍を見込んだが、その後に想定地震動が大きくなったためにこの数字が小さくなったということはないか。 そういう懸念を私は抱いている。 405ガル→ 700ガルに対応する耐震性強化にどういう手段が講じられたのか。 「施設の耐震性を一層向上させるため耐震裕度向上工事を順次実施しています。」(関西電力ホームページ) とはあるのだが。


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